これまでにない梅毒の流行で、性感染症が身近に迫ってきています。一方で「自分は関係ない、大丈夫」と思ってしまいがちなのが性感染症の落とし穴。性感染症は性的接触があれば誰にでも感染リスクのある身近な疾患。感染に気づかずに自分が感染を広げてしまうこともあれば、放っておくと男女とも不妊の原因になる場合もあります。性感染症から身を守るために、今とるべき行動とは――。性感染症の現状や予防の知識、感染したときの対処法などについて産婦人科医の伊藤加奈子先生にお聞きしました。
Text:Yuko Oikawa
梅毒だけじゃない!性感染症が増えている理由
今、日本では梅毒をはじめいくつかの性感染症が増加傾向にあります。梅毒の患者報告数は2022年、2023年と感染症法に基づく調査が始まって以来の最多記録を更新中。さらにクラミジアや淋菌といった性感染症も、梅毒ほどではないけれど増加傾向にあることが報告されています(出典:国立感染症研究所ホームページ )。
梅毒は全数把握が義務づけられている5類感染症。※2021年は、第1~52週2022年10月8日時点集計値(暫定値)、2022年は第1~44週2022年11月9日時点集計値の報告を対象。(出典:「梅毒の発生動向調査」(厚生労働省)を加工して作成)
梅毒は男性では20歳代~40歳代、女性では20歳代で増えており、最近の傾向として感染者の低年齢化も特徴のひとつ。過去には同性間で発生していた時期もありましたが、最近は異性間の感染が多くなり、特に女性では大半が異性間の感染となっています。
「梅毒が増えている理由について、はっきりとした原因はわかっていませんが、SNSなどの利用(パパ活やマッチングアプリの普及)により気軽に性行為が行われるようになり、不特定多数の人と性的関係を持つ人が増えたことも影響しているでしょう。感染増に伴って胎児が感染する先天梅毒も増加しています。少しでも疑いがあれば早めに検査・受診を考えてほしい」と伊藤先生は注意を促します。
梅毒は、皮膚の粘膜や傷などから感染後、3週間前後で感染した場所(性器やくちびるなど)に堅いしこりのようなもの(硬結)ができたり、ただれたりする症状がでることが多いのですが、痛みなどはなく、放っておくと消えてなくなるため、この段階で梅毒の感染に気づく人は少ないです。次の段階としての梅毒の症状は、感染した3カ月前後に現れます。体内に侵入した病原菌が血液を介して全身に広がり、バラ疹というバラの花のような湿疹が全身に出るようになります。また、髪が抜けたり、皮膚の紅斑(皮膚が赤くなった状態)や口腔咽頭に症状が出たりもします。倦怠感や発熱などの症状が出ることも。多くの人がここで異常に気づき、医療機関を受診して梅毒に感染していることを知るというパターンが多いようです。つまり、最初の段階で気づかないことが多いため、感染拡大につながりやすいのだとか。また「そもそも日本では性教育が十分でないため、大人も性感染症予防の知識が不足していると考えられます」(伊藤先生)
「先天梅毒」を防ぐためにできること
2023年に入り、過去の記録を超えるペースで増えているのが先天梅毒。胎児に感染すると胎児死亡や早産、発達の遅れや視覚障害、難聴などが生じることもあるため、遅くとも妊娠初期に発見し、速やかに治療を行う必要があります。妊娠初期に受ける妊婦健診には梅毒検査が含まれています。予防には「妊娠前・妊娠中ともに梅毒感染を防ぐこと」や、「妊婦健診をきちんと受けること」が大切です。
主な性感染症と症状・見分け方
性感染症についてこれまで身近に感じていなかったという人は、いまこそしっかり学んでおきましょう。
性感染症とは性的接触によって感染する病気のことで、「STI (Sexually Transmitted Infections)」と呼ばれることもあります。挿入するセックスだけでなく、キスや性器同士の接触、オーラルセックスやアナルセックスなど性的な接触で感染するものすべてが含まれます。「遊んでいる人がかかる病気」というのは偏見で、性的接触を持てば誰でもかかるリスクがある病気です。
「性感染症がやっかいなのは、感染していても症状が出ない場合や一旦消えてしまう性感染症もあるということ。気づかないうちに相手にうつして感染を広げてしまったり、女性の場合には、子宮内膜炎や卵管炎などを引き起こし不妊の原因になったりすることも。流産・早産の原因にもなり、母子感染すれば赤ちゃんにも影響が及びます」と伊藤先生。
例えば以下のような性感染症を思わせる症状があったときには、速やかに検査を受けることが大切です。
女性(腟のある人)では……
・おりものが急に増えた
・おりもののかゆみやニオイが強い、血が混じっているなど(腟内の乳酸菌が出すちょっと酸っぱいニオイは正常)
・性器やその周辺にかゆみや痛み、炎症がある
・性器やその周辺にイボや水ぶくれがある
・排尿痛がある
男性(ペニスがある人)では……
・排尿痛、尿道から膿が出る
・性器やその周辺にかゆみや痛み、炎症がある
・性器やその周辺にイボや水ぶくれがある
・精巣のあたりが腫れている
主な感染症と症状、その影響について
代表的な感染症の名前と症状についてまとめました。
梅毒:別名「偽装の達人」。症状が消えることがあるので要注意
「梅毒トレポネーマ」という細菌による感染症。性器、肛門、口の接触、キスなどで感染。潜伏期は3〜6週間。初期には感染部位(性器、肛門、口など)にできもの、しこり、潰瘍、鼠径部のリンパ節の腫れなどが生じ、時間とともに消えます。無治療のままだと1〜3カ月経過後にバラ疹が出現。これも数週間から数ヵ月で消えます。放置すると後期梅毒へ移行。一旦症状が消えても感染力は残っているので、治ったと思わずに早めに検査・治療を。早期に治療すれば完治も可能。
性器クラミジア:日本で最も多い性感染症
細菌の一種であるクラミジアによる感染症。セックスやオーラルセックスで感染(のどへの感染はオーラルセックスによる)。母子感染もあります。女性は初期には自覚症状がないことが多く、しばらくしてからおりものの異常、不正出血、排尿痛が起こります。長期感染すると不妊の原因になることも。男性は排尿痛や尿道から膿が出るなどの症状が。
性器ヘルペス:抵抗力が落ちたときに再発しやすい
ヘルペスウイルスによる感染症。性行為の接触で感染。3〜7日の潜伏期を経て、女性は外陰部の痛み、性器や肛門などの周辺に水ぶくれができるなどの症状があらわれます。治療しても再発しやすく、抵抗力が落ちたときや生理の前後に症状が出ることも。再発の場合、症状が出る数日前からパートナーに感染する可能性があります。
淋菌:20 歳代で多く発生している性感染症
淋菌による感染症。あらゆる性行為で感染、オーラルセックスでのどへの感染も。潜伏期は2〜6日。女性の多くは無症状で進行するまで気づかないことも多いため、感染を広げる原因になっています。クラジミアの同時感染も多く、長期間の放置は不妊の原因になることも。
尖圭コンジローマ:尖ったイボが特徴
性行為で感染し、先の尖ったイボが性器の内側や周辺、肛門などに発生。潜伏期は数週間から2〜3カ月。HPV(ヒトパピローマウイルス)の6型または11型が原因。
HPV感染症:尖圭コンジローマや子宮頸がんの原因
ヒトパピローマウイルス(HPV)による感染症。主に性行為、性的接触で皮膚や粘膜から感染。自己免疫の力で排除される場合もありますが、HPVのハイリスク型に感染すると子宮頸がんへ移行することがあり、子宮頸がんが進行すると性交時の出血、不正出血、おりものに血が混じる、下腹部の痛みなどの症状があらわれます。(セックス)初体験前なら、HPVワクチン接種が有効な予防策。
予防の知識①〜コンドームはマスクと同じエチケット〜
コロナ禍で学んだように感染対策の基本は「持ち込まない、持ち出さない、拡げない」こと。
「ウイルスや細菌がいるかもしれないのに、無防備なまま性行為をしていれば感染リスクは当然高くなります。コロナ禍で感染予防のためマスクをしていた人は多かったはず。同様に性感染症予防では、コーンドームを『自分を守り相手も守る衛生用品』として活用しましょう。性器以外の部分にも病原体が存在する感染症の場合はコンドームだけでは防ぎきれないこともあります。それでも何もしないよりはリスクを下げられます」と伊藤先生。
感染したり感染させたりする可能性をできるだけ少なくした、より安全なセックスのことを「セーファーセックス」と言います。次の5つの項目を取り入れることでリスクを減らしていけるので、パートナーと一緒に取り組んでみて。
セーファーセックス5つのポイント
- 清潔にする(セックス前後にシャワーを浴びるなどして触れ合う部分を清潔に)
- コンドームを正しく使う(セックス の最初から最後までつけること。オーラルセックスやアナルセックスでもコンドームを使う。オーラルセックス用にはデンタルダムが販売されている)
- パートナーを限定する
- 性感染症検査を定期的に受ける(パートナーも一緒に受けておく)
- ワクチンが有効な性感染症はワクチンで予防する(HPVやB型肝炎など)
注意点として、コンドームは避妊のためのアイテムでもあるため、避妊用ピルを飲んでいるときにはコンドームがなくてもいいと考えがち。でも、性感染症予防にはコンドームが必要。妊娠中のセックスについても、お互いが検査をして性感染症にかかっていないと断言できるとき以外はコンドームをつけるようにしましょう。
「信頼できると思っていたパートナーが性風俗などで性感染症をもらってきてしまい、うつされてしまったというケースはよくあります。夫婦であっても、妊娠を望んでいるとき以外はコンドームを使いましょう。それが当たり前のマナーになっていくといいですね」(伊藤先生)
予防の知識②〜こんなセックスはリスクが高い〜
性感染症の原因となるウイルスや細菌は主に精液や血液などの体液に含まれており、粘膜(口、性器、尿道、目)や傷口にそれらの病原体が付着することで感染するケースがほとんど。コンドームなしのセックスだけでなく、精液を飲む行為や顔射などは目やのどへの感染リスクが高い行為ということも認識しておきましょう。
リスクが高いのはこんなセックス
- セックスではいつもコンドームをつけない
- オーラルセックスをよくしている
- 不特定多数の人とセックスしている
- 相手の精液や体液を飲む、口に含むなどの行為
- 性風俗を利用することが多い
このほか性的暴行(同意のない性行為すべて)を受けた際にも性感染症のリスクが考えられ、検査を受けることが勧められます。
コンドームなしのセックスやオーラルセックスを強要するような相手だとしたら、性感染症に関して全くの無知か、またはあなたを大切に思っていない可能性あり。つい勢いで……ということもあり得るかもしれないけれど、自分の身体を大切に。
性感染症の疑いや確信があるときとるべき行動
性感染症に罹患した可能性があると考えられる場合には、症状の有無にかかわらず早めに医療機関を受診して検査を受けるようにしましょう。潜伏期間が長い性感染症の場合には、一度だけでなく再検査を行った方がよい場合もあります。
性感染症は放っておいても自然治癒しない
「性感染症は時間が経っても自然に治ることはありません。一時的に症状が消えたり、軽くなったりしても完治したわけではないので注意しましょう」と伊藤先生。
検査を受ける場所はどこがいい?
保健所や医療機関(女性は産婦人科や婦人科、男性は泌尿器科、そのほか皮膚科や感染症科、性病科など)で検査を受けられます。地域の保健所では、梅毒をはじめとする性感染症の検査を匿名/無料で実施。保健所は予約でいっぱいということもあるため、具体的な症状がある場合には、速やかに医療機関を受診するのがおすすめ。
検査費用は自費になるの?
症状があれば保険適用で必要な検査や治療を受けられます。症状はないけれど心配だから性感染症の検査をしたいという場合には、原則自費診療になります。
保健所で受けられるサービスについて
保健所では、エイズ検査が匿名、無料で受けられ、電話相談なども行なっています。クラミジア、梅毒、淋菌感染症など他の感染症については保健所によって受けられるところと受けられないところがあります。実施時期や内容については自治体のHPなどで確認を。
もしも感染していたら……
医師の判断により必要な治療を行います。性感染症の中には抗菌薬や内服薬等の治療で完治するものもあれば、再発のたびに治療が必要になるもの、HIVのように症状をコントロールしていく治療がメインになるものなどがあります。しっかり治すには、くれぐれも治療を途中でやめたりしないこと。治療が中途半端になると再発を繰り返したり、悪化したりしてしまうので注意して。
最後に伊藤先生は、「性病の検査を受けることがとても恥ずかしいと思う人は多いと思うのですが、私たち医師は、性感染症の患者さんを偏見の目で見たりすることはありません。気にせず堂々と検査を受けに来てほしいです。結果が陽性の場合、ピンポン感染を防ぐためにもパートナーも検査を受けてもらうのは必須です。相手のことを大切に思うなら隠さずに勇気を出して正直になって。そしてカップルで一緒に治療ことが大事です。性感染症の多くは、感染して治っても免疫が獲得されず何度でも感染するため、定期的もしくはパートナーが変わるタイミングなどで検査を受けることも大切です」とアドバイス。
交際をスタートしたタイミングで、一緒に性感染症検査を受けるカップルもいます。充実したセックスライフのために何ができるか、普段からパートナーと性感染症予防について話し合っておくと安心できるのでは?
お話を伺ったのは……伊藤加奈子先生
ココカラウィメンズクリニック院長、産婦人科医、スポーツドクター。東京女子医科大学附属病院、愛知医科大学附属病院勤務などを経て2008年より現職。NPOウーマンリビングサポート代表理事。NPO全国子ども福祉センター理事。女性アスリートの健康サポート・啓発活動、思春期の子どもたちの相談事業、DV、デートDV、虐待、性暴力被害など様々な社会問題の予防、解決、支援にも精力的に取り組む。診療の合間には各地で講演活動を行っている。
ココカラウィメンズクリニック
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