現代女性のライフスタイルは多様化し、ライフコースにおいても多くの選択肢があります。それゆえ、年齢とキャリアと妊活の間で悩む人も増えています。体外受精による出産率は、卵子の状態(数や質)が大きく影響することも事実。そこで注目されているのが、複数の卵子を若いうちに採取・凍結保存しておく「卵子凍結」です。
「興味はあるけれど、今の自分に本当に必要?」と迷うのは当然で、どんなものか、まずは『知ること』が大切です。卵子凍結の有効性や勧められる年齢などについて、産婦人科医の岡田有香先生に伺いました。
Text:Yuko Oikawa
知っておきたい卵子凍結の可能性
岡田有香先生は、産婦人科医としてさまざまな分野に関わってきました。特に不妊治療では「もう少し早く受診していればよかった」「20代から産婦人科に通っていればよかった」という声が本当に多い、と言います。
卵子凍結は採卵費用や維持費がかかる上、将来の妊娠を確約する技術ではありません。でも、「妊孕性を温存しておきたい」「(子を持つ)可能性を残しておきたい」と考える人にとって、卵子凍結は「子どもを持つ可能性を広げる」選択肢の1つになり得るものです。
「最近では結婚してすぐに妊活のタイミングについて考える方や、未婚の方の『将来の妊娠のためにできることはないか?』といった相談も増えてきており、患者さんの意識も変わってきました。将来、子どもを持ちたいと思ったときに『年齢で難しいとならないように…』と、未受精卵の卵子凍結を選ぶ人も少しずつ増えています」と岡田先生。
女性の場合、生まれる前に一生分の原始卵胞が作られ、生まれて以降、卵子が新しく作られることはありません。つまり歳を重ねるごとに、卵子の数が減り続けるということ。そのため妊孕性は20代後半から衰え始め、30代半ばからは急速に低下すると言われています。体外受精など生殖医療の力を借りたとしても、年齢の壁を越えるのはなかなか難しいというのが、現実です。
「日本は、体外受精件数が年間で約46万件と、世界屈指の不妊治療大国です。一方、その成功率は米国の約25%に比べ約13%と低水準にとどまっています。その背景には、体外受精の平均年齢が高いことが挙げられます(日本は39歳、米国34歳)。卵子の年齢は若い方が有利であることは間違いなく、卵子が若ければ、40代の出産率は30代と大きく変わらないことが報告されています」
自分の卵子を使用した場合と、若いドナーの提供卵子を使用した場合で体外受精における出産率の違いを示したグラフ。妊孕性が高いうちに自分の卵子を凍結保存しておけば、将来、体外受精を望んだ時に成功率が高くなる可能性があります。
資料提供:グレイス杉山クリニックSHIBUYA
卵子凍結はいつ頃までにしたらいい?
卵子凍結を行うには、まず診察や検査(卵巣・子宮の状態や病気の有無などをチェック)が必要です。その上で問題がなければ、基本的には、排卵を促す薬で複数の卵の発育を促す → 採卵 → 卵子凍結という流れになります。また、一度に採れる卵子には個人差もあります。
「卵子の残存数には個人差があり、AMH検査で事前に予測できます。唯一、卵子の減少が止まるのは、妊娠・出産期です。よく言われる低用量ピルを服用していると卵子が減るのが止まるというのは間違いで、低用量ピルを服用しても、卵子を温存することはできません。卵子凍結では、本人が希望する個数と、採取できそうな個数を見ながら採卵回数を決めていく流れになります」と岡田先生。
岡田先生が示してくれたデータによると、28歳で20個の卵子を凍結した場合、子を一人授かれる確率は94%という報告があります。同じ数の卵子が採れたとしても、年齢により出産率は変わってきます。
30代前半までに卵子凍結をしておくことで、30代後半での妊活の費用・時間・精神的負担は3分の1になるとも言われています。
資料提供:グレイス杉山クリニックSHIBUYA
卵子凍結には年齢制限があることも知っておきましょう。
「採卵できる年齢は40歳の誕生日まで、推奨年齢は36歳未満というのが1つの目安になります。保管の年齢制限は、当院では50歳の誕生日までお預かりします」と岡田先生。
なお、日本生殖医学会のガイドラインでは、「凍結保存した未受精卵子等の使用時の年齢は、45歳以上は推奨できない 」と記されています。
「それは母体への影響や障害を持つ子どもが生まれるリスクも考えてのことです。不妊治療にしても、卵子凍結にしても、誰かに勧められてやるものではない。前提となる知識・データをもとに、自分で決めて選択する医療であることを認識しておいてほしいと思います」
卵子凍結に向けて、できること
凍結する卵子の状態がよいほど、妊娠率や出産率は高まると考えてよいそう。加えて、できるだけ母体年齢が若いうちに凍結卵子を使うことも大切です。
また、卵子の質を保つために日常生活でできることもあります。
「通常、卵子は排卵のおよそ3ヵ月前から育ち始めます。多い方で20個ぐらい、少ない方で2、3個の卵胞が育ち、最終的にその中の1つが排卵します。
そう考えると、今の生活が3ヵ月後の卵子の状態に影響するということになります。排卵周期は毎月続いていくものなので、妊娠したいときだけ注意すればいいというものではなく、普段の生活から食事、運動、睡眠など規則正しい生活を心がけること、つまり健康でいることが大切です。将来の妊娠に備え自分の体に向き合うという『プレコンセプションケア』にしても、ずっと続けていくものです」
※プレコンセプションケアとは……将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと
卵子凍結は、年齢はもちろん、採卵や保管費用といった経済的なこと、キャリア、パートナーとどんなライフプランを描くかといったことも考えて選択する必要があります。
「トライしたい場合には、それに向かって正しい知識を得ることが大切です。まずは、卵子凍結を行なっているクリニックの無料セミナーに参加したり、専門のカウンセラーによる個別相談会などを利用してみるといいでしょう。あるいは、産婦人科にかかりつけ医がいるなら相談してみてもいいですね」
岡田先生は、「医療技術は進歩しても、高齢出産にはまた違ったリスクが伴います。また、人生は子を産んで終わりではありません。本当に理想的なのは、女性が柔軟にライフプランを選べる社会であり、20代から女性が安心して2、3人産める日本になることだと思うのです」とも話していました。
どんな社会になれば、子どもを持つ・持たないに限らず誰もが自分らしく生きていけるのか。自分の妊娠やライフプランと一緒に想像してみることも大切なのかもしれません。
▼年代ごとに知っておきたい「妊活」の考え方を岡田先生が解説
お話を伺ったのは……岡田有香先生
グレイス杉山クリニックSHIBUYA院長。産婦人科専門医。順天堂大学医学部卒業後、聖路加国際病院、杉山産婦人科を経て現職。聖路加国際病院では子宮内膜症や低用量ピルの診療とがん治療前の卵子凍結などにも携わり、杉山産婦人科では不妊治療を学ぶ。生理の知識や妊活、卵子凍結、不妊治療に進む前から定期的に婦人科にかかり不妊予防を行う重要性などを、Instagramでも発信している。
グレイス杉山クリニックSHIBUYA
「不妊に悩む女性を少しでも減らしていきたい」という院長の思いからスタートした産婦人科クリニック。「プレコセプションケア」と「卵子凍結」を主軸に、生理の悩みから、AMH検査などの各種検査、卵子凍結についても相談可能。東京都渋谷区渋谷1-23-16 cocoti SHIBUYA 5F
tel. 03-6427-5670
https://grace-sugiyama.jp