モデルの森星さんがナビゲーターとなり、あらゆる性を超えてみんなが自分らしく生きるためのヒントを、さまざまなジャンルのスペシャリストたちとともに見つけていく連載企画。第1回目のゲストは、脳研究者の池谷裕二先生。そもそも「自分らしさ」とはどのように形成されるのか、脳のメカニズムをひもとくところからスタートします。 今回、2人そろって、メゾン マルジェラの最新コレクションにもトライ! 後編も後日、お届けするのでお楽しみに。
森星さん(以下、森星)●こんにちは、森星です。「WeSAY」のローンチとともに始まった対談企画の、記念すべき最初のゲストは、脳研究者の池谷裕二先生です。先生、よろしくお願いします。
池谷裕二先生(以下、池谷)●私が最初のゲストとは! 緊張しますね。よろしくお願いします。
脳研究者とは、どんな仕事?
森星●脳は、私たち誰もが頭に抱えていますが、なかなか複雑すぎて、あまり脳について考えたことがありません。そもそも脳研究者の方というのは、どのように脳にアプローチをしているんですか?
池谷●いきなりいいところを突いてきますね。そう、脳は誰もが持っています。ひとつずつ、皆平等に持っていますが、外から見えないので脳について意識することはないですよね。脳の研究とは、私たちが外から見える行動や言葉、表情などと、脳の中身を結びつけることなんです。こういうことをしているとき、脳はこんな活動しているとか、脳がこうなったときにはこんな病気になると検証するなど…とにかく脳の中を「覗く」ことが研究です。
いちばんシンプルなのがMRIで、スキャンすればたいていのことはわかります。ただそれだけでは情報が足りない場合には、電極を刺してこの神経はこうなっている…などと調べることも。地道な作業をしているんです。
森星●つまり、心理学的なお話を通してというよりは、私たちが普段見ないような見方…例えると…
池谷●そう、オペをするんです。
「自分」は想像以上にフラジャイル
森星●そもそも人間は、経験や記憶などを貯蓄していくことで、「自分」が作られるというイメージをもっていますが合っていますか?
池谷●はい、合ってます。経験を重ねることで、自分ができていきます。生まれたときには「個性」はほとんどないのです。もちろんあることはありますが、結局は、「環境」によるところが大きい。
周りからどんなふうに声をかけられたとか、どういう経験をしたとか、もう少し大きくなったら、どんな本を読んだのか、それからどんなニュースを見たのか…など、経験を通じて、自分の考え方や主張ができて、「自分」ができるんです。まさに、記憶なんです。記憶がないと「私」はできない。
森星●記憶が「私」を作るとなると、なんだろう…。フラジャイルと言うか、壊れちゃうかもしれないんですね?
池谷●鋭いところを突いていますね! 例えば、コンピュータの場合、文章を保存したら次に開いた時にも同じ文章が出てきますよね。けれど記憶って、ものすごく曖昧だからすぐ忘れちゃいますし、勘違いや記憶違いもあります。そのようにして、中身は変わっていくので、実は「私」は、安定していないんですよ。昔の「私」と今の「私」は違いますし、さらに言えば違うってことすら、記憶が擦り替わったり入れ替わってしまって気づけない、それが「人間」なんです。
森星●面白い! ずっと話を聞きたくなりますね! 不安定な一方で、変わらない自分、絶対変わらない軸はあるのでしょうか?
池谷●あるって信じたいですよね。でも、それほどないんです。10年ぶりに会った時に「ひさしぶり! 変わらないね」って話したりするけれど、本当は違うんですよね。もちろん、急激にはハンドルは切れないので、多少は以前の要素を残しながら変わっていきますが…。一見変わらないと、軸があるように見えるのかも。
それを「フラジャイルで、危うい存在。どっちに転ぶかわからない」というとらえ方より、「新しい環境になったときにいくらでも変われる」と前向きにとらえた方が、脳は本当のポテンシャルを発揮できます。脳が存在する意味ってそこにあると思うんです。新しい環境、新しい世界になっても適応できる柔軟性があります。
森星●いいですね! そう考えると人生が楽しく感じられます。けれどそうなると、常識ってなんだろうって思っちゃいますね。
池谷●常識とは、自分がどういう経験をしてきて、どれだけ慣れ親しんでいるか、ただそれだけです。私たち研究者の間では有名なエピソードですが、シマウマの模様の捉え方にも違いがあるんです。シマウマの模様って白と黒の交互じゃないですか。それは白馬に黒い線が入っているのか、逆に黒馬に白い線が入っているのか、どちらに見えるか聞くと、日本人の場合、白馬に黒い線が入っていると答える人のほうが多い。
森星●私もそうです!
池谷●けれどアフリカの方に同じ質問をすると、逆なんです。黒馬に白い線が入っている。自分自身も肌が黒いじゃないですか。そして小さいときから、白いペイントで化粧をする文化で育っているから、シマウマはどう見ても黒馬なんですよね。そこで重要なのは、シマウマはアフリカに住んでいますよね。だから、アフリカに住んでいる“ジモティ”が正しい、って言い方もできるんですよ。日本人は滅多にシマウマを見ることはないですから…。
常識ってなんだろうと考えたときに、白地に黒のシマでも、黒地に白のシマでもどっちでもいいんですよ。常識とは、自分がそれにどれだけ慣れているか、なんです。だから、常識にとらわれていると、コミュニケーションギャップというか、理解し合えないことも出てきます。そんなときには「あれっ、私はもしかしたらフラジャイルな状態で、この常識はたいして根拠がないのかもしれない」って思い直してみることをおすすめします。
森星●そうすると、他人のことを受け入れたり、違う見方ができそうですね。子どものときは、両親や先生が言っていることがすべてで、100%正しいと思っていて…それもひとつの正しさではあるとは思うんですが、仕事をし始め、いろいろなタイプの人に出会ったときにギャップを感じたことも…。「これまで経験してきたことばかりが正解じゃなかった」ということもあるのかも。
池谷●ありますよ! 私はその瞬間が楽しいんです。「あ、こんな視点をいただけた!」と。自分の考え方のフィールドが広がっていくのが私はうれしいのですが、頑なな方もいらっしゃいます。「脳の使い方がもったいないな」と思うこともありますね。
森星●それは、脳のトレーニングなどで変えられますか?
池谷●意識することは大切だと思います。あるときふと、自分の考え方が「間違っていた」ってわかったとします。それは考えを否定されただけであって、その人本人が否定されたわけではないんですが、「私自身、全部が否定されちゃった」ととらえがちな人も。そういうタイプの方は、自分の考えにより固執していくことも多いようです。自分の考え方はたくさんあるうちのひとつにすぎないと、“上の視点”から眺められたらいいのかもしれません。
自分の多様性を認めることは、他人の多様性を認めること
森星●今日、先生も着ているメゾン マルジェラの洋服ですが、「ジェンダー・フリュイド」というコンセプトのブランドなんです。先生は「自分じゃないみたい」って感想をもらしていましたが、いかがですか?
池谷●ふだん私が身に着けるものとはだいぶデザイン性が違います。ジェンダーレスという言い方もできるのかもしれませんが、「こういう選択肢もあるんだな」と。これから、洋服の選び方が変わるかもしれません。
森星●そうですよね。ファッションは自分の心を表現できるのがおもしろいですね。
池谷●はい。どういうものを着るかによって、脳にも影響を与えるじゃないですか。「心地よい」とか「しっくりくる」とか。脳と洋服はそんなふうに影響し合うことで、さらにレパートリーが増えていくと言えます。今日の服(メゾン マルジェラ)は、最初は「これ、どうやって着るの?」と思いましたが、着て鏡を見た瞬間に「あ、これいい!」と思いました。
森星●すごくお似合いです!
池谷●すごく気分がいいです。
森星●よかった! ファッションもいろいろトライして、「あ、これは自分らしいな」と発見がある。そういう探し方もありますよね。
池谷●「私はこれだ!」って決めつけちゃうのは本当につまらないと思うんです。いろいろなものをトライして「これもOK、これもOK…」と、自分にとってOKなものを増やして多面鏡みたいになれたらいいと思うんです。いろいろな自分をその都度、出せる駒が増えるのが理想。それこそ多様的な生き方になりますし、自分の多様性を認めることは他人の多様性を認めることにもつながります。私にとって今日は、ひとつ駒が増えて楽しいと思いました。
森星●うれしいなー。ちょっと新しい扉開きましたね!
池谷●そうです、今日から変わります!
脳の「個性」は環境によりつくられる
森星●今、多様という言葉が出ましたが、ファッションの世界でも社会でも「多様性」という言葉がフォーカスされる時代になっていますよね。きっと私の祖母が生きてきた昭和や平成の頃に比べたらだいぶ多様になったと思いますが、脳には男性性、女性性などジェンダーで違いはあるのでしょうか?
池谷●非常に難しい問題なのですが…まったくないかというと、そんなことはないと思うんです。けれど、これまでよく言われてきたことや、本に書いてあったことは、だいたい否定され、結論としては男女差はほとんどないですね。専門家が見ると脳の画像を見ただけで、女性の脳か男性の脳か、識別できるそうですが、ほとんどの人はわからないです。私は見てもわからないです。
森星●見た目はほぼ変わらない、と。
池谷●そのくらい、差はないですね。以前は、右脳と左脳をつなぐファイバーである脳梁が女性のほうが大きいから、社会性が高くおしゃべりも上手と説明されていましたが、今は完全に否定されています。
森星●それでは男性性、女性性など、ジェンダーを構築していくうえで脳は、どういう役割を果たすのでしょうか?
池谷●むしろ脳は“下っ端”なんです。生まれたときは男女に差がありませんが、だんだんと差ができてくる。なぜかといえば、体が違うし、ホルモンも違う。特にホルモンは、血流に乗って脳に届きますよね。それが10年、20年と経つと、脳も徐々に体に合わせて、例えば女性なら女性の体にふさわしいような活動をしたり、社会が要求することに合わせて活動をするので、後天的な要素がかなり大きいです。すごくフレキシブルに、生物的な性別に適応した脳に自分で育ててきた、もしくは社会に育てられたといえると思います。
森星●なるほど! つまりは環境なんですね。そうなると個人個人が育った環境に合わせて、脳は男性も女性もなく個性あふれる脳がつくられるんですね。
池谷●はい。その人が持っている個性、例えば「好き」とか「嫌い」とかの個性もありますし、もともと持っている女性か男性かなどの性別としての個性、それがうまくミックスされて一人の人間ができていくんです。だから、同じ人間であっても、昭和初期に生まれたのか、令和に生まれたのかで、たぶん大人になったときに違います。環境も違うし、ジェンダーに関する考え方もかなり違いますよね。そうなると、時代によって同じ人間でも違った個性に育っていくんだと思います。
森星●思い返してみると、小学生の頃まではあまり考えずに過ごしていましたが、大人になるにつれて複雑に考えるようになってきて…。これは過去に体験したことやトラウマなど、いろいろな経験によるものなのでしょうか。
池谷●そうですね。過去の経験から、言葉遣いを気をつけようとか、表情をこうしよう、などと学習して、自分を縛りつけることはあります。例えば、判断力だけを見ると、子どものほうが速いんですよ。大人のほうが遅い。最近わかったことですが、回転が遅いとか、頭が鈍くなって判断が遅いのではなく、あれやこれやと頭の中で試行錯誤をするんですね。それで判断が遅くなるんです。
そういう意味では、サルはすごく速いですよ。写真を見せて、これは食べられるか食べられないか、動物ですか植物ですかと判断させると、人間よりも速いんです。つまりほとんど考えていないんです。人間は年をとると「植物に見えるけどもしかしたら動物かもしれない」など、さまざまな可能性を考えるじゃないですか。そういう意味では、僕らは年とともに「気ぃ遣い」になるのかも。
森星●そうですよね。「こういうときはこう言わなきゃ」とか「空気を読まなきゃ」と。ある意味それが“大人”というとらえ方も…。
後編はこちら
対談の様子は、WeSAY公式Youtubeチャンネルでも公開中です。
Profile
池谷裕二
いけがや・ゆうじ●東京大学薬学部教授。1970年静岡県生まれ。東京大学・大学院薬学系研究科にて薬学博士号取得後、コロンビア大学・生物化学講座客員研究員などを経て2014年より現職に。『進化しすぎた脳』『海馬 脳は疲れない』『脳には妙なクセがある』など著書多数。
森 星
もり・ひかり●1992年東京都生まれ。モデルとして国内外の雑誌や広告で活躍。2015年にプラン・インターナショナル・ジャパンのアンバサダーに就任。体にも地球にも優しい生活や日本の文化などをSNSやYouTubeで発信し、2021年8月に設立した「tefutefu」ではクリエイティブディレクターを務める。祖母はファッションデザイナーの森英恵さん。
【森星さん】カーディガン ¥210,100 ボディスーツ ¥132,000 ショーツ ¥74,800 スカーフ ¥81,400 ソックス ¥17,600 シューズ ¥165,000 ブローチ ¥90,200 ピアス ¥74,800 バードピアス ¥41,800 リング ¥48,400 【池谷裕二先生】シャツ ¥96,800 ロングスリーブニット ¥139,700 ニットストール ¥122,100 パンツ ¥122,100 ソックス ¥16,500 リング ¥67,100(すべてメゾン マルジェラ/マルジェラ ジャパン クライアントサービス)
Photo:BUNGO TSUCHIYA[Tron] Hair&Makeup:HARUKA TAZAKI Styling:SHINO SUGANUMA Realization:ATSUKO KOBAYASHI Text:NORIKO MASUMOTO[alto]
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