※本記事は2022年12月2日にCosmopolitanで掲載されました。
世界の一部の地域では、まだまだタブー視されることが多い“性”のトピック。そんな中「現状を変えたい」と、女性のために作られた韓国発のセクシャルウェルネスブランド「SAIB(セイブ)」が注目されています。
セクシャルウェルネスとは、性に対して、身体的、感情的、精神的、社会的にも健康な状態を指す言葉。「SAIB」は、すべての女性たちがセクシャルウェルネスにポジティブに向き合うことをサポートしています。
本記事では、SAIBの創設者でCEOのパク・ジウォンさんに、韓国のセクシャルウェルネスの業界の現状や変化、ブランドに込められた想いについて聞きました。
お話を伺ったのは…
SAIB & Co. 創立者・CEO パク・ジウォンさん
「性」がタブー視される社会
――韓国ではセクシャルウェルネスについてどのようなイメージがありますか?
以前の韓国では 「セクシャルウェルネス」という概念すらありませんでした。性に関わるものは全てアダルト業界、アダルトグッズという感じ。でも、それこそが問題だと思ったんです。そもそも“大人”だけのものではないし、“アダルト”という言葉にはネガティブなイメージがついてしまっているからです。
「セクシャルウェルネス」という言葉を導入しようとした当時は、多くの人に認知してもらうための難しさを感じました。外来語を使いたかったわけではないのですが、正しく訳せる適切な言葉が韓国語にはなかったので、そのまま使っています。
言葉は人がどうやって物事を見るかに影響を与えると思うので、“アダルト”という言葉を使わないようにし、当初は私たちSAIBの製品というよりも「セクシャルウェルネス」という言葉・概念自体を導入しようと努力を重ねました。
――セクシャルウェルネスについて考えるきっかけになった体験を教えてください。
私は韓国生まれ、韓国育ちです。韓国社会は保守的で、家父長制的な考えが未だに根強いです。性に関していうと、性別によって周囲からの見られ方や教育のされ方が全く違います。
女性が“いい子”でいるためには、性について話すべきじゃない、知るべきじゃない、経験があるように思われるべきじゃない、という考えが一般的。
そもそも、実用的な性教育自体がありませんでした。家庭では、親が「子どもに話すのは気まずい」と感じることが理由で、あまり詳しく教えません。学校でも性教育はありますが十分なものではなかったのです。
私自身が学校で性教育を受けたのは何年も前なので、今では変わってきていると思いますが、中学校では男女で別々の性教育を受けました。男子生徒がどんな授業を受けていたのかわかりませんが、女子生徒たちは“結婚まで処女を守る”というようなことを誓わされた記憶があります。
大人になってからこの経験を振り返ってみると、あれはモラルハラスメント(感情的虐待)だったと思います。初体験は素晴らしくて美しいものになりえるのに、幼い時に半ば強制された“結婚まで処女を守る”という誓約を、破った気持ちにさせられるのです。
恐らく、韓国に住む多くの女性の初体験の記憶は「罪悪感」でしょう。私自身も初体験を終えた後に、なぜだかわかりませんが、お母さんや自分自身、誰かもわからない未来の結婚相手に申し訳ないと感じたのを覚えています。
そうした経験から、洗脳に近い間違った教育のせいで、多くの女性がこのような思いをしているのはおかしいと思うようになったんです。
変わりつつあるセクシャルウェルネス業界
――最近よく目にするセクシャルウェルネス用品。パクさんは韓国のセクシャルウェルネス業界の変化を感じることはありますか?
業界自体は、ものすごい勢いで変わってきていると思います。
5年前はフェミニンウォッシュなどのフェムケア・フェムテック(多くの女性のライフステージにおける課題を解決・改善するサービスや製品)を使っている人はいませんでしたが、今では一般的になりつつあります。
ポジティブな広告や宣伝もありますが、女性の身体のコンプレックスや悩みをマーケティングしている商品も多いのが現状です。それ自体をなくすことは難しいですが、より正しいメッセージを持った商品を増やしていく必要があると思います。
――今後、世間のセクシャルウェルネスに対する考え方をどう変えていきたいですか?
このビジネスを始めてから、セクシャルウェルネスについての会話をもっと“普通”のことにしたいと思っています。セクシャルウェルネスは身体のことですし、みんなが向き合うべき大切なことだと思います。一部の人は恥ずかしいことのように扱っていますが、そうではありません。
たとえばメンタルヘルスについても、10年前の韓国では、自身の心の健康状態について話すことはありませんでした。周囲の人から偏見を持たれるのを恐れて、専門家に助けを求められなかった人も多かったですし、助けを求める場合も、誰にもバレないように家から遠い病院や施設に行っていました。
しかし今では、以前より多くの人が、鬱や睡眠不足を改善するために薬を飲んでいることや、セラピーに行っていることを周囲の人に打ち明けています。これは、「頭が痛くて医師の診断を受ける」というのと同じような感覚をもっている人が増えたからでしょう。
このように、セクシャルウェルネスという概念が世間に同様に受け入れられるようになるまでは、まだまだ時間がかかると思いますが、みんなの認識は少しずつ広まっていると思います。
また、時代の変化も大きなポイント。今も“性”に対する社会のタブー視はありますが、若い世代は立ち向かうことを恐れてはいません。
「SAIB」が届けたいメッセージ
――「女性が主体となって自分のセクシャルウェルネスに向き合う」というメッセージを届けようと思ったきっかけを教えてください。
性の問題は性別による違いがあります。今でも女性だけに対して、社会的なタブーや偏見が存在する地域が多くあります。そのような場所では、「SAIB」のコンドームのような、女性のためのセクシャルウェルネス用品が少ない傾向にあります。
韓国は、先進国の中ではコンドームの使用率が最も低いのですが、それが問題であることを韓国にいるときは知りませんでした。アメリカに引っ越したとき、周囲の人が「コンドームを使うのは当たり前」、「使わないなら性行為はしない」というのを徹底していることに初めて気づきました。
なぜ地域によって、捉え方に差があるのかと考えたときに、環境や制度の違いもありますが、男性側の心構えにも違いがあると感じました。一方で、これを変えるのには根本的に性教育を変える必要があり、とても時間がかかります。
それならば今は、女性たちが自分のために立ち上がれるような環境作りが大切だと思ったんです。
安全性の高い製品が当たり前になるために
――他社製品には無い「SAIB」の製品の強みはなんですか?
まず1つ目は、「SAIB」は女性を一番に考えていること。ターゲットは、女性です。実は、初めは性別に関係なく誰もが使える“ジェンダーニュートラル”な製品を目指していました。
しかし業界のことを調べていくうちに、コンドームブランドの99%は男性をターゲットに作られていると知りました。どれも男性の快感を追求するようなものばかりで、それなら女性のためのブランドがあってもいいんじゃないかと思ったのです。
私自身、初めてコンドームを買おうとしたとき、とても気まずい思いをしたのを覚えています。コンドームにセクシーな女性のイラストが描かれていて、普段私が買うような商品ではなかったからです。この経験から「SAIB」の商品デザインは、いわゆる「コンドームっぽさ」が見えないようなデザインを意識しています。コスメと同じような戦略で、女性が買いやすく、持ち歩きたくなるようにしました。
2つ目は安全な成分です。過去にコンドームを買ったときに、成分を確認してもどれが良いかわからなかった経験があります。これはコンドームには、スキンケア商品では必須の「主要な4つの成分をパッケージに記載する」という規制がないからです。
セクシャルウェルネスの製品は、20年前からほとんど変わっておらず、未だにどんな成分が使われているかを簡単に知る手段がありません。やっとの思いで成分にたどり着いたときに初めて、一部の製品にニトロソアミンという有害な成分が含まれていたり、合成香料や、着色料が使われていたりすることを知りました。
スキンケア商品を購入するときには、有害な成分が入っているものは避けることができます。しかし、肌の42倍も経皮吸収力がある性器に触れるコンドームの成分について、多くの人はあまり気にしておらず、知らず知らずのうちに、体の最もデリケートな場所に有害な成分を触れさせているのです。
これは、商品パッケージに表示されていないからだけではなく、「気まずいトピックだから…」と取り上げられなかったことも原因として挙げられます。市場にまだ安全面に配慮した製品がなかったため、自分の手で女性が頼れる安全な製品を作りました。
この10年で美容業界では、ユーザーが成分などの知識を身につけたことで、より良いものを作らなくてはいけない状況になりました。セクシャルウェルネス用品の業界も、美容業界と同じように変わっていくと思いますし、変わるべきです。
日本でも販売する理由
――「SAIB」は日本でも商品を販売していますよね。日本女性にどんなことを伝えたいですか?
韓国と日本は性に関する世間の考えが似ている部分があると思っています。伝えたいメッセージは韓国と同じで「女性が主体になってセクシャルウェルネスに向き合う」ということです。
コンドームのマーケットは日本がリードしていますし、日本は、性にまつわるものに対して韓国よりも規制が緩い印象でした。しかし、それに比べて女性のセクシャルウェルネスに対する意識が低いことに驚いたのを覚えています。
実は初めて「SAIB」を創立したとき、日本には国内産の製品が多くあるので、海外産の「SAIB」の販売地域には適していないと思いました。しかし日本の業界と女性の実情を知ると、私たちの声を日本のセクシャルウェルネス用品のマーケットに入れる余地があると感じたのです。
――日本特有のマーケティング戦略はありますか?
日本特有というものはありませんが、地域によってマーケティング戦略を変えることはあります。
韓国では、女性がコンドームを購入するケースは全体の10%以下なので、まず女性たちに「コンドームを買うことは恥ずかしくない」、「コンドームを使うべき」という認識をもってもらうところから始めています。
一方アメリカでは、コンドームの購入における40%以上を女性が占めていて、マーケットがすでにあるので、ブランドの成分の良さを宣伝することに重きを置いています。
日本と韓国は似ているところが多くありますが、日本人はより可愛いデザインが好きだと思いますし、ヴィーガンもトレンドなので、「SAIB」のデザインや成分に注目して顧客にアピールしています。
「好きなコンドーム」が答えられる社会へ
――ブランドの今後の目標、パクさん個人の目標を教えてください。
ブランドとしては、女性のセクシャルウェルネス用品業界の代表になりたいです。基本的には、セクシャルウェルネスも美容と同じような業界になっていくと思っています。
女性に1番好きなスキンケア用品は何かと聞いたら、多くの人が「なぜ好きか」、「何が良いか」を語れると思います。でも、女性に「好きなコンドームは?」と聞いても、はっきりとした理由を答えられる人はなかなかいないでしょう。
それは、“女性向けコンドーム”という選択肢が少ない中で、店頭にあるものを仕方なく選ぶからだと思います。だから、人々が「SAIB」の製品を手に取ったときに、込められた想いに共感し、そこに繋がりを感じてもらえるようなブランドにしたいです。
また、女性のセクシャルウェルネスにおける全てをサポートしたいと考えています。今はコンドームやフェミニンウォッシュにフォーカスしていますが、女性が必要なものはライフステージによって変わります。
妊娠や更年期などを考えてみると、女性はどのステージにおいても多くの悩みや問題を抱えています。必要なものはたくさんあるのに、その問題を解決してくれる製品やサービスが少ないので、「SAIB」がその全てに対応できるようになりたいです。
セクシャルウェルネス用品の業界自体がタブーな部分はまだまだあります。SAIBの社員は全員女性ですが、周囲に自分の仕事について話しにくいと感じている社員や、親にコンドームブランドで働いていると言いづらく、コスメブランドで働いていると話している社員もいます。
どのくらいかかるかわかりませんが、個人的な目標としては、「SAIB」で働いていることを社員たちに誇りに思ってもらい、周囲の人たちから「いいところで働いているね」と言ってもらえるような会社にしていきたいです。
SAIB(セイブ)
韓国で誕生した、女性のために女性が作り上げたセクシャルウェルネスブランド。ブランド名「SAIB」は、性においての社会の保守的な偏見(BIAS)に立ち向かい、女性が自分自身を保護(SAVE)する意味の両方に由来しています。女性の健康を守るための製品を提供し、女性たちが性に対しポジティブに向き合える製品を提供しています。