スポーツウェアには学校が指定する体操服や水着から、選手が着る練習着、ユニフォームまで、さまざまなものがあります。快適さやモチベーションを左右する重要な要素でありながら、スポーツウェアに関する問題は多くの人々が共感しやすい悩みの一つです。
ジェンダー論とスポーツ社会学を専門とする明治大学の高峰修教授が、女子ユニフォームをめぐる規程やその背景にある「性の商品化」についてなどを解説します。
【目次】
● 「運動にまつわる性に関する悩みや戸惑い」調査について
● ユニフォームを性別で分けている役割とは?
● ブルマーは女性解放のシンボルだった!?
● 女子ユニフォームはなぜ露出が多いのか
● 「性的な対象として見ることに抵抗」
● 進化するユニフォームの多様性
「運動にまつわる性に関する悩みや戸惑い」調査について
ハースト婦人画報社はこのほど、WeSAYとエル、エル・ガールで「運動にまつわる性に関する悩みや戸惑い」についての調査を実施しました。
この調査は、パリオリンピックを機にスポーツへの関心が高まるタイミングを見据え、あらゆる性の人が楽しめる運動の在り方を探るために行われたもの。体育や水泳の授業、部活動での体験を振り返って回答をいただきました。
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ユニフォームを性別で分けている役割とは?
「運動にまつわる性に関する悩みや戸惑い」の調査では、悩みや戸惑いを感じたことがあるかどうか、そしてその種類を聴取しました。種類別にみると〈運動着やユニフォームの形状や、更衣室に関連すること〉は、3番目に多く寄せられた悩みでした。
同項目のフリーアンサーでは、性別・年代に関わらず露出の多い体操着や水着、ユニフォームについてへの抵抗感が強い内容が見られました。そのほかにも、下着(インナー)を着用してはいけない/下着の色を指定されていたなど、今では人権侵害となるようなルールがあったという声も。
「プールの授業で着用する水着が、露出度の高いものだったので抵抗があった」20歳~24歳・女性
「更衣室が足りなくて教室で着替える必要があったり、肌が見える部分が多いユニフォームがあったのは嫌だった」20歳未満・男性
「大会用のユニフォームの短パンがとても短くて嫌だった」25歳~29歳・女性
「スコートで足を出すのが、恥ずかしかった」50歳~54歳・女性
「下着を着てはいけない(体操着が汗を吸うため)というルールがあり不快だった」20歳~24歳・女性
特に女性からは「ブルマー」に対する不快感が噴出。生理がある人は、ブルマーが生理の悩みを増長させていたこともわかりました。(
「中高とブルマだったので、体型の変化とともに苦痛に思う気持ちが強くなった」40歳~44歳・女性
「ブルマで生理はキツかった。大きめのナプキンをして、運動してた。生理で休むことがその時は考えられず、みんな出席していた。すごい時代だったと思う」45歳~49歳・女性
「陸上部で高跳びをしていたので跳ぶとブルマが毎回上がってパンツがブルマからはみ出るハミパン現象がいやでした。男子の先輩とよく跳んでたので跳んだらすぐ、みられないようにクッションの上でコソッと直してました」50歳~54歳・女性
「体操着がブルマなのが恥ずかしかった」40歳~44歳・女性
「ブルマが嫌すぎた」45歳~49歳・女性
学校が指定する体操着や水着、また部活動で着るユニフォームによって、運動に取り組むモチベーションに大きな影響を与えたことが読み取れます。一体なぜ体育の授業で「ブルマー」が着られるようになったのか、そして運動する人を性的に消費する問題点について、深堀りします。
ブルマーは女性解放のシンボルだった!?
女性がはじめて出場した、1900年のパリオリンピック。そのとき女性が参加できる種目は、テニスとゴルフでした。女性にとって当時のスポーツは「社交の場」であり、ロングスカートやドレスが正装。そのときの価値観では脚を露出してプレーすることなどは、ありえませんでした。
そこで、登場したのがブルマー。19世紀中頃に婦人服改革運動を提唱した、アメリカの A. J.ブルーマー夫人 (1818~94) に由来しており、「当時は女性解放のシンボルだった」と高峰教授は言います。女性がスカートのみ着用が認められていた時代から、戦後には足を出してズボンを履き、思い切り走ることができるようになっていったという歴史を象徴するウエアなのです。
そこからブルマーが日本に取り入れられ、体育の授業でも履かれるようになっていったそう。「はじめから男女で体操着を分けようとしたというよりはむしろ、女子スポーツという欧米の文化が伝わる中で、女子はブルマーを履いてスポーツをするというスタイルも伝わってきたようです」(高峰教授)。
しかし60〜70年代になると、ブルマーは性的に消費されるようになってしまいます。男子生徒や男性教師からの性的な視線や声掛けがあったことに対する悩みや戸惑いも、アンケートで見られました。そういった経緯を経て、導入された背景とは裏腹に、実際にブルマーを履いていた多くの女性にとっては嫌な思い出となってしまったのだと考えられます。
女子ユニフォームはなぜ露出が多いのか
ユニフォームやウェアが運動する人を「支える」存在になりきれていないばかりか、運動の遠のきの原因になっていると言える現状が。女子選手のみが露出の多い恰好が標準になっているなど、男女で形の異なるユニフォームが近年議論をよんでいます。
「性別による体型の違いはあるので、トップレベルでは女子と男子のユニフォームの形状が変わらざるを得ない部分はあるでしょう。しかし空気抵抗を減らすことや動きやすさといった選手のためを思って作られたという理由だけでない目的があるとも感じます」(高峰教授)
例えばビーチバレーボールでは、女子選手は「ビキニを着用すること」「ビキニの側面の幅は7センチ以下でなければいけない」と2012年まで決まっていました。そして24年現在も、男子選手らのウェアは締め付けのないハーフパンツスタイルであることに対して、女子選手は体に密着した上下セパレートのウェアが主流です。
「もし競技特性として体にピタッと密着している方が適しているのならば、男子選手らも体に密着したデザインになるはずですよね。実際はそうなっていないので、動きやすさなどを理由とする合理的な説明はないはずです」(高峰教授)
女子ビーチバレーボールは男子より人気が高く、メディアの露出が多いという背景も。このように女子アスリートの“性”に価値が見出され、消費される「性の商品化」が関連していると高峰教授は指摘します。
運動をする人が他者から性的な対象にされたり、選手が自らの「性」を使ってSNS等で発信することについては、「メディアの注目が集まったり知名度が得られるならいいのでは」といった意見が出てきます。しかし同時に、アスリートの外見や性を切り取る盗撮・性的画像加害も問題になっています。
この問題はアスリート選手に限らず部活動に所属する中高生、チアリーダーや応援をする生徒、保育園や小学校の運動会に参加する児童まで、すべての運動の場において深刻化しています。
「性的な対象として見ることに抵抗」
東京2020オリンピック大会に出場したドイツの女子体操チームは、従来のレオタードではなく足首まで全身を覆うユニタードを着用しました。選手らは「体操競技を性的な対象として見ることに抵抗する姿勢」を貫くために取り入れたのだといいます。
2021年には欧州ビーチハンドボール選手権でノルウェー女子代表チームが、ビキニパンツの着用を拒否したことで罰金処分に。世間の批判の声を受けて、最終的に同連盟は女子選手のユニフォームをビキニから短パンに変更するようユニフォーム規程を見直しています。
このように、女性が自身にとって心地よいウェアを着用する自由を求める動きが各所で見られるように。従来のレオタードやセパレートユニフォームを選ぶ女性アスリートもいる中で、肌を露出しないユニフォームも選択できるようになっていっています。
「露出をするべき」だとするものから、「露出をしてはいけない」というものまで、女性の格好にものをいう行為はなにかあったときに簡単に被害者非難にすり替わります。最大のパフォーマンスをだすために、自身にとって最適なウェアの選択を尊重することが大切です。
進化するユニフォームの多様性
アンケートでは、どのような取り組みが進むと「運動にまつわる性に関する悩みや戸惑い」を減らすことができると思うかという問いに対して、〈スポーツウェアやユニフォームの多様性の確保〉が48%で最多を占めました。
悩みの種類別では(表1参照)、上から〈思春期における体つきの変化〉〈生理に関連すること〉〈運動着やユニフォームの形状や、更衣室に関すること〉と並んでおり、すべての悩みや戸惑いがユニフォームと深い関りをもっているとも言えるでしょう。
24年現在、多くの人を苦しませる存在だったブルマーは使われなくなり、男女ともにハーフパンツを着用するほか、水着も体のラインが気にならないようなデザインが増えてきています。体操着や制服には経済的な負担を一律化するという役割がありますが、学校や性別でウェアの形状を一律に決定するのではなく、個人が「選べる」よう進化していることがわかります。
一般的に見ても、「困りごとがあったり、改善を期待したい場合に、動きを起こすと変化が生まれる時代になっている」と高峰教授。東京オリンピックでは盗撮被害に対して女子選手らが声を上げ、その声が日本オリンピック委員会に届き、全国的な防止キャンペーンが行われました。性に関する悩みや戸惑いが原因で運動から遠のく子どもや生徒が減っていくことに期待がかかります。
■「運動にまつわる性に関する悩みや戸惑い」アンケートについて
・調査期間:2024年6月20日(木)~ 6月30日(日)
・調査対象媒体:WeSAY、ELLE、ELLEgirl
・回答数:464
お話を伺ったのは…
高峰修 明治大学政治経済学部教授・博士(体育学)
専門はジェンダー研究、体育・スポーツ社会学
スポーツ領域におけるハラスメントや暴力問題、スポーツ領域における「性の商品化」の問題等について研究。「セクシュアル・ハラスメントとは何かを知る」(『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法』合同出版、2021年)、「オリンピックとジェンダー」(『オリンピック・パラリンピックを学ぶ』岩波書店、2020年)など、著書・論文多数。大学では体育実技を担当しつつ、ジェンダー論の講義も行っている。