※本記事は2022年6月24日にCosmopolitanで掲載されました。数値などのデータはすべてオリジナル記事のものです。
本人の同意なく、その人の性のあり方を暴露する「アウティング」。時として、性的マイノリティ当事者の命の危険につながるほど深刻な行為でもあります。
この記事では、『あいつゲイだって-アウティングはなぜ問題なのか?』の著者で、日本のLGBTQ+をめぐる問題について執筆を行なっている松岡宗嗣さんに、アウティングの定義や該当する言動の例、されたときの対処法、しないための心構えなどについて聞きました。
アウティングとは
アウティングとは、他人の性のあり方を本人の同意なく第三者に暴露する行為のこと。松岡さんは「これはプライバシーの侵害」と強調します。
「社会の“普通”に当てはまらない属性や立場はときに好奇の的となり、本人の意思にかかわらず他人によって広められてしまうことがあります」
「明らかに悪意をもって暴露されることがある一方で、良かれと思って第三者に共有したつもりだったというケースもあり、注意が必要です」
アウティング被害の実態についての調査を見てみると、性的マイノリティのなかでも特にトランスジェンダーの人の被害が比較的多い傾向にあるそう。
「ある調査によると、 LGB他(同性愛者や両性愛者など)の約3割、トランスジェンダーの約4割がアウティング被害を経験していると回答しています」
なお、近年問題視され始めたSOGIハラスメント(SOGIハラ)※は、アウティングとは別物である一方で「セットで行われやすい」と松岡さんは懸念します。
※性的指向や性自認に関する嫌がらせなどの侮蔑的な言動。
アウティングにあたる言動の例
- 性的マイノリティの当事者がカミングアウトした友人・家族、あるいは好意を告白した相手に、その事実を第三者に伝えられた。
- 勤め先に伝えた自身の性的指向や性自認に関わることが、人事情報として上司や同僚に勝手に伝えられた。
- トランスジェンダーの人が、学校や職場の名簿などに出生時に割り当てられた性別や法律上の名前を記載された。
- 学校で信頼している先生にカミングアウトしたら、勝手に家族に伝えられた。
- 初めて会う人がいる飲み会で、何の確認もなく「こいつゲイなんですよ」と紹介された。
アウティングの危険性
他者によるアウティングで居場所を失う当事者は少なくありません。
性のあり方が多数派に当てはまらないからという理由で、学校・職場でいじめ・ハラスメント被害にあったり左遷・退職勧奨を受けたり、友人や家族との関係性が壊れてしまったり、今いる場所から離れなければならなくなるケースも存在します。
「性的マイノリティの当事者の多くが、自身の性的指向や性自認を暴露されることで、生活や人生が脅かされうる状況にあると言っても過言ではありません」
暴露された情報が差別的な考え方をもつ人に伝わると、場合によっては公私にかかわらず大きな不利益を被る可能性も。
また、信頼しているからこそカミングアウトした相手にアウティングをされた場合、当事者が受ける精神的ダメージはいっそう深刻で、双方の信頼関係は壊れかねません。
「勝手に判断せず、カミングアウトをしている範囲や第三者に伝えても良いかどうかを本人に確認することが何よりも大切なのです」
アウティングが問題になる理由
松岡さんはアウティングが問題になることについて、「誰もがシスジェンダー※かつ異性愛であることが前提とされ、それに当てはまらない性的マイノリティが『いないこと』にされたり、一方で社会に根強く残っている差別や偏見によって具体的な不利益を受けたりすることが根本にある」と話します。
※生まれたときに割り当てられた性別が、性自認と一致していること。
「今の社会において“普通”とされる枠から外れる人たちは“気持ち悪い”“変わっている”などと抑圧を受ける現状があります」
こうした社会で暮らす当事者は、自分の性のあり方に関する「情報」や、それを誰かと共有することで起こりうる「リスク」を常に管理しなければならない状況に。
「社会に差別や偏見があるから、当事者は日々の生活を守るために、自身の性のあり方に関する情報やリスクを『コントロール』しているのが現状です」
「だからこそ、わざわざ『アウティング』という言葉が生み出され、暴露という行為が問題視されている」と、松岡さん。
「本来はジェンダーやセクシュアリティも、個人の他の属性と同じように一人ひとり違って当たり前であって、『伝えたところで何もジャッジされない』情報であるべきなんです」
アウティングの事件・裁判の例
国内でアウティングが焦点になった実際の事件の代表例として挙げられるのは、2015年の一橋大学アウティング事件。
一橋大大学院のロースクールに通っていた大学院生が自身のセクシュアリティを同級生にアウティングされ、校舎から転落死した事件で、翌年に遺族によるアウティングした学生と大学側を相手どった訴訟が報じられ、「アウティング」という言葉の認知が広がるきっかけとなりました。
「この事件の裁判で東京高裁が『(アウティングは)人格権やプライバシー権を著しく侵害する、許されない行為だ』と認定したことは、アウティングが不法行為であると認められた画期的な出来事だったと思います」
2019年には、大阪市のトランスジェンダー女性が、性別移行をした過去を職場で上司によって他の同僚に同意なく明かされ、その結果差別的言動を受けたとして、勤務先に損害賠償を求めて提訴。
「このケースからは、アウティングとSOGIハラが一緒に行われやすいという傾向を改めて見てとることができます」
また、東京都豊島区の生命保険代理店に勤務していた男性が、セクシュアリティを上司から同僚にアウティングされ、その後精神疾患になったと、労災申請と自治体への申し立てを行ったケース(2021年)では、「被害を受けた場合の救済の仕組みが、実際に活用された」と、松岡さん。
「豊島区では条例でアウティングが禁止されています。男性側は区に被害を申し立て、勤務先への是正勧告や指導のほか、区内企業に対するアウティング被害の実態調査、啓発・研修の実施などを求めたとされています」
「これを受けた区の苦情処理委員のあっせんによって、男性と会社側は和解に至りました」
アウティングされたときの対処法
性に関する固定観念が根強い現状の社会では、当事者自身も差別や偏見を内面化し「アウティングされても仕方がない」と思ってしまうことがあるそう。
「誰かに自分の性的指向や性自認をカミングアウトして、その内容を第三者の人に伝えられてしまったとき、それを『仕方がないこと』だと思わなくていいと伝えたい」と、松岡さん。
「性的マイノリティの当事者が自分の性に関する情報を誰に伝えるかどうか、いつ伝えるかといったカミングアウトの自由は、個人の権利として保障されるべきものです」
「当事者がアウティングによって受ける被害の原因は、当事者本人にあるのではなく、社会の側、つまりマジョリティ側にあります」
アウティングされて悩んだ場合は、一人で抱え込まず「セクシュアルマイノリティ専門窓口」がある厚生労働省の「よりそいホットライン」や、各自治体の窓口、支援団体などに相談しましょう。
「具体的な不利益に関しては弁護士に相談をしてみるというのも良いと思います。ほかにも、まずは信頼のおける仲間に相談してみたり、職場でのアウティングであれば会社のハラスメント相談窓口に相談してみたり、方法は色々あるはずです」
- よりそいホットライン
Tel. 0120-279-338
(岩手・宮城・福島県からは0120-279-226)
アウティングしないための心構え
悪意の有無にかかわらず、被害者に大きな影響や精神的ダメージを与えかねないアウティング。万が一にも自分が加害者にならないために、どんな心構えをもっておくべきなのでしょうか?
松岡さんは「性的指向・性自認など性のあり方が機微な個人情報である」としたうえで「本人への確認を徹底してほしい」と強調します。
「他人の住所を無断で第三者に共有しないのと同じように、性のあり方についても『たいした問題じゃない』と決めつけず、確認が必要です」
「性的マイノリティと一言でいっても、自身の性のあり方をどれだけオープンにしているか、暴露されることによるリスクの大きさは人それぞれ。友人や家族、同僚、上司など、誰に伝えるか、自分のなかで共有範囲を『ゾーニング』している当事者も少なくありません」
第三者に伝える必要があれば、勝手に判断せず必ず本人に確認するようにしましょう。
なかには「そんなに深刻な情報なのであれば、わざわざカミングアウトしないでほしい」と思う人も出てくるかもしれません。こういった声に対して、松岡さんは「性的マイノリティが生きづらい社会の原因や責任についてよく考えてほしい」と語ります。
「なぜ当事者は性のあり方を秘密にしないといけないのか。そして、その情報を自分で管理し、リスクをコントロールしなくてはならないのか。この社会でマイノリティを『いないもの』として扱い続けているマジョリティ側の責任を考えなくてはならないと思います」
とはいえ、当事者からカミングアウトを受けて、反応・接し方についてや、その情報を誰にまで共有して良いのかなど、悩む人もいるでしょう。
「もし誰かに人の性のあり方を伝える必要があるなら、まずは本人に『誰にまで伝えているの?』『誰にまで伝えていいの?』と確認をとってほしい」と、松岡さん。
「カミングアウトされたことで悩んだ場合は、個人情報に注意しながらぜひ相談窓口や友人知人などに相談してほしいと思います」
では、もしアウティングをしてしまったらどのように対処すべきなのでしょうか。松岡さんは次のように説明します。
「本人に対して謝罪したうえで、どこまで情報を共有してしまったかという事実を伝えてほしいです。そのうえで、それ以上アウティングが起きないように、既に伝えてしまった人に注意するなどの対応を行うことが大切だと思います」
第三者としてアウティングを目撃したら
第三者としてアウティングを目撃した際にとることができる行動について、松岡さんに伺いました。
当事者が居合わせない場合
- 「その情報は本人が伝えていいと言ったものですか?」と確認する
本人が許可していたり公にしていたりするのであれば問題ないけれど、同意していないのであれば「本人に確認すべき」と指摘し、それ以上のアウティングを防ぎましょう。
当事者がその場にいる場合
- 本人の反応がどんなものであれ、笑ったり茶化す言動に迎合したりしない
松岡さんは「アウティングされた本人も、人によっては内心傷ついていても周囲に合わせて明るく振舞おうとすることがある」と言います。茶化したり否定したりせず、ポジティブに受け止めることが大切です。
- あとから「あれ(アウティング)って大丈夫だったの?」とアウティングされた当事者に声をかける
言われた本人が気にしていないならいいけれど、違うのであればアウティングをした人に「アウティングの危険性」について注意喚起することもできます。本人よりも第三者のほうが伝えやすいケースもあります。
近年のルールづくりの動き
近年、アウティングを規制するルール作りの動きが国内で広まり始めています。
大きなきっかけになったのは2015年の一橋大学アウティング事件。2018年4月、一橋大がある東京都国立市で全国で初めて、アウティングの禁止を盛り込んだ条例が施行されました。
「条例の基本理念に、自身の性のあり方を、いつ・誰に・どの範囲まで伝えるのか/伝えたくないのかというカミングアウトの自由が『個人の権利』であると明記された点で、歴史的な出来事だったと思います」
「また、アウティングに加え『カミングアウトの強制や禁止』もしてはならないと義務付けられました」
国立市がきっかけとなり、2021年3月には三重県でも同様の内容を盛り込んだ条例が成立するなど、自治体による条例の整備が広がりつつあります。
国レベルでも、2020年6月に施行された「パワハラ防止法」で、アウティングはパワハラに含まれるとされたことも大きな動きのひとつ。
「性的指向や性自認は『機微な個人情報』であるとされ、企業などに防止対策を講じることが義務付けられたことも進展だと言えるでしょう」
そのうえで「今後のさらなる変化にも期待している」と、松岡さん。
「『アウティングの禁止』をルールに明記する自治体が増えること、報道や裁判例が積み重なっていくことなどによって、アウティングの問題が広く共有され、被害を未然に防止できるのではないかと思います」
アウティング被害の深刻さやその背景を理解して
松岡さんは「アウティング被害がなくなるために根本的に必要なのは、社会の性的マイノリティに対する差別や偏見を解消すること」と話します。
「アウティングという問題についての認知を広げるために、ルールづくりは必要ですが、それ自体はゴールではなく『過渡的に必要』なものだと考えています」
「多様な性のあり方に関する認識が広がってきたからこそ、『アウティングという言葉が要らないほど、性の多様性が“当たり前”な社会を目指したい』という目標を聞く機会も増えてきました。これはその通りだと思います。ただ、『そもそも、なぜ当事者はアウティングにより不利益やダメージを受けるのか』という社会的背景や、差別・偏見の実態、いま起きている深刻な被害に向き合うことをおろそかにしたくない。少しでもそうした被害をなくすために一人ひとりが適切な認識をもつことが大切だと思います」
お話を伺ったのは…
ライター、一般社団法人fair代表理事
松岡宗嗣さん